海外にもひろめたいサステナブルな日本の伝統文化。江戸時代のリサイクル業者。伝統美バッグは現代に。

こんばんは。日本の伝統文化を今の私たちが取り入れて引き継いでいける形を模索したく、 今日は江戸時代の循環型社会について。 1603年から大政奉還の1867年までの265年間を江戸時代。 戦争のない平和な時代がこんなに続いたことは世界でも例がないそう✨ すごい誇らしい話ですよね。 全国の人口は安定して3000万人ほどで、江戸の人口は約100-125万人と推定されていて、 当時、世界最大の都市。当時ロンドンの人口が約86万人(1801年)、パリが約67万人(1802年)。 美を護るため(ゴミをなくす)に実在したリサイクル業者は、こんなにあったそうです。 ●紙屑買い 不要になった帳簿などの製紙品を買い取り、仕分けをし、漉き返す業者に販売していました。 当時の和紙は、10mm以上の長い植物繊維でできていたので、漉き返しがしやすく、各種の古紙を集めてブレンドし、ちり紙から印刷用紙まで、さまざまな再生紙に漉き返す業者。 祖父母の家が愛媛県で、伊予和紙の製造工程見学をしたことがあります。 とても清々しく、なんだか美しい光景でした。どこの和紙の産地もそうだと思う

海外にもひろめたいサステナブルな日本の伝統文化。着物とバッグ。

こんばんは。 地球の気候変動やグレタさんのような若い環境活動家のおかげで、 今までの消費一方のスタイルから、見直しされることも多いですが、元々日本は、特に200年以上続いた平和な町、江戸は循環型社会でした。 ファッションは、作られるものの80%が廃棄され、産業廃棄物排出第2位の産業ですが、 日本のファッションスタイル、着物は元々はとてもエコでした。 反物を購入し、採寸して自分にぴったりサイズのオートクチュール服としてつくられた後、 着なくなったら、 ●解いて(京都に今はほどき師さんってほどく専門の方があと数名、いらっしゃるそう) 反物の状態に戻して、 ●洗い張りって呼ばれる、染み抜きや洗浄をして ●娘や、孫のサイズで仕立てなおし 体格差がひどくなければ、引き継いでいけました。 私達の母くらいの代までは和裁も学校で習い、家で仕立てなおせていて、絹や麻、木綿、天然素材でつくられた上質な着物、大事に着続けれていたのです。 そういった、人の手による手間暇も愛着わきますし、本来、魔除け的な意味合いのあった服として、加護の力もなんだか強そうですよね。 帯も、

日本のバッグの歴史、行李。プラスチックでない、海外にもひろめたい籠収納文化。

日本でのバッグの歴史について今日も少し、みてみたいと思います。 風呂敷については、以前に書きましたが、 ➡ 日本発のバッグ。海外にも伝えたい伝統文化、サステナブルな風呂敷包みの記事。 風呂敷と同様に、日本で伝統的にバッグとして用いられてきたのは籠製品です。 712年の「古事記」に新羅王子とされる天日槍命(アメノヒボコ)によって、柳細工の技術が伝えられたと書かれているそう。すごいですね、神話の世界から神様から引き継がれた技術って。✨ 奈良時代、兵庫県豊岡でつくられた「柳筥(やないばこ)」と呼ばれる正倉院に上納されているそうです。 行李とは:竹、柳、藤などを編んでつくられた葛籠(つづらかご)のこと。 一般的には長方形型でかぶせ蓋があり、衣料や文書、穀物などの食料をいれる道具。 旅行用の荷物入れにも使われ、旅行バッグにもなったようです。 柳行李 とは:こりやなぎを編んだもの。 こりやなぎが多く自生していたゆえに、江戸時代に富岡藩の独占取扱品となり、柳行李の生産が盛んになったようです。 こうして、富岡は日本のバッグ生産シェアを大きくしめる、バッグの町とな

源氏物語塗り絵で。日本伝統文化学ぶ。(光源氏って、バッグ持っていなさそうですね。。。) 

おうち時間に、伝統文化に関する知識もつけられて、没頭作業ですっきりもできる 一石二鳥な塗り絵、歌舞伎塗り絵に続き、源氏物語塗り絵を見つけたのでご紹介です。 ➡ 歌舞伎塗り絵のご紹介記事 「大人の教養ぬり絵&なぞり描き 源氏物語」 以下オフィシャルサイトより引用。 本書は、遊びながら源氏物語を学び直せる、大人のための教養ぬり絵。 今回題材となっているのは、平安時代中期に紫式部によって書かれた平安時代中期の長編物語。古来からの季節の祭事にふれ、日本の文化を再発見し、楽しくなぞって塗っていくだけで、装束への興味や教養も身についてしまう! 何倍もお得な塗り絵アートブックである。 源氏物語に登場する、たくさんの光り輝く女性さん達の衣装の色付け、時代を超えて没頭できる素敵なクリエイティブな時間ですね。 現代でも和柄が楽しめる、 日本が世界に誇れる伝統工芸品のリファッションしたバッグ、 海外の方へのギフトにも最適ですが、 海外に行かれる機会ある日本人女性にも、ぜひお持ちいただきたいです🗾✨ 新型コロナウィルス感染症、パンデミックが収束した際に、お出かけする準

歌舞伎塗り絵で。日本伝統文化学ぶ。(役者さんのバッグは風呂敷だったのかな。。。?) 

おうち時間に、伝統文化に関する知識もつけられて、没頭作業ですっきりもできる 一石二鳥な塗り絵を見つけたのでご紹介です。 「大人の教養ぬり絵&なぞり描き 歌舞伎」 以下オフィシャルサイトより引用。 「ぬり絵&なぞり描き」は下絵をなぞって、色を塗ってと二倍楽しめる大人のアートブック。日本人ならば誰もが一度は目にしたことがある日本の伝統芸能「歌舞伎」をテーマに、華やかな世界観をなぞり描きと塗り絵で再現する。 歌舞伎に登場する着物や和柄はカラフルな塗り絵にもピッタリ。助六や藤娘、巴御前、義経千本桜などお馴染みのキャラクターや演目も登場し、歌舞伎好きなら見ているだけでも心が躍る内容だ。 そして、伝統芸能は敷居が高い、難しそうと思っている人でも歌舞伎の世界を堪能できるよう、線画の横には登場人物の解説を追加。演目の成り立ちや歴史、人物の特徴、かつらや衣裳のデザインの由来も掲載し、初心者でもわかりやすく歌舞伎のことを学べる内容を目指した。 大人の教養ぬり絵&なぞり描き 歌舞伎〈大人の教養シリーズ〉 Amazon(アマゾン) 1,540〜5,230円 歌舞伎役者さ

日本のバッグがお袋様の語源。海外からのハンドバッグは大正時代になって。

今日もバッグの歴史に関する小話を少し。 鎌倉時代、主婦は一家の中で主婦権ともいうべき大きな力を持っていて (今とそう変わらないですね^^)、貴重品や金銭、財産を入れた「袋」を管理していました。 その一家の中心である女性を、オフクロサマと呼んだのが、「おふくろ」の語源だそうです。 大正十二年頃、洋装が普及し始め、皮革製のバッグがでてきて、 昭和二年頃に初めて「ハンドバッグ」と呼ばれるようになりました。 盛んに使われるようになったのは大正末期頃、女性が社会に出て働くようになってきてから。 そして洋服の流行と平行し、財布、カギ、ハンカチ、化粧品などを入れる実用的なアクセサリーとしてハンドバッグが大流行していくようになったそうです。 和装と洋装と、風呂敷とハンドバッグとMIXしたリッチなオシャレを楽しんだこの時代、華やかそうですよね~。 タイムスリップして、のぞいて、みてみたいですね。 日本の伝統美を、現代のファッションや海外でも持てるよう、スタイリッシュに リモデルしたwabinalのクラッチバッグはこちらからチェックしてみて下さいね👜 日本が世界に

日本発のバッグ。海外にも伝えたい、伝統文化、サステナブルな風呂敷包み。

日本でのバッグの歴史を探ってみたいと思います。 日本でバッグ代わりに使われていたものは、「ツツミ」と呼ばれる大切なものを収納する布で、奈良時代の正倉院御物として舞楽装束を包んだ布が現存しているそうです。 平安時代には「古路毛都々美(ころもつつみ)」と呼ばれ、衣裳などを包んだそうです。 南北朝時代にはこういった包み布を「平包・平裹(ひらつつみ)」と呼んでいましたが、 室町時代以降になると、時の将軍足利義満は、京都に建てた屋敷に大湯殿を設けて全国の大名たちをもてなし、その際、大名達は脱いだ着物を取り違えないよう、それぞれ自分の家紋の入った帛紗(ふくさ・絹の風呂敷のこと)に包み、湯上がりにはこの帛紗の上で身づくろいをしたと伝えられています。風呂で使われたので『風呂敷』という名前になったのですね。 江戸時代に入って銭湯へ通うことが庶民の間で一般的になると、着替えの着物や湯道具を風呂敷に包んで銭湯へ通っていましたが、風呂敷の呼び名は「平包」、「ふろしき包み」、「ふくさ」など、素材の違いによって色々で定まってはいなかったようです。 元禄時代になり、商業が発展

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